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レーザースキャナーで撮影した4万6000枚の画像からデジタルツインを構築。崩落した石材1つひとつの3Dモデルも作成し、デジタル空間上で修復方法を検討していく──。2019年の大規模火災で甚大な被害を受けたパリ・ノートルダム大聖堂が、デジタル技術を駆使した驚きの手法でよみがえりつつある。日経アーキテクチュア24年5月9日号では再建の様子を詳細にリポートした。
記者は再建の評価を聞くため、フランスのゴシック建築を専門にする東京大学大学院の加藤耕一教授に取材した。その際、あの有名な言葉を思い起こした。
「これがあれを滅ぼすだろう」。19世紀フランスの文豪ビクトル・ユゴー(1802~85年)が著書『ノートルダム・ド・パリ』(岩波文庫)で記したものだ。「これ」は印刷術、「あれ」は建築術を指す。
建築術は古くは人間が思想を表現するための重要な手段であり、大聖堂は書物のような存在だった。ところが15世紀半ばに活版印刷機が発明されると、建築術の役目が印刷術に取って代わられた──。言葉の大まかな意味はこのようなものである。思想の表現手段が変化したことにフォーカスしながら、建築術の衰退を鋭く指摘した。
ユゴーの著書出版から約200年。記者は大聖堂の再建をきっかけに、今度はデジタル技術が印刷術を滅ぼすかもしれないと予感している。補足すると、「デジタル技術を駆使した新しい建築の思考方法」がますます普及し、「活版印刷機の発明以来続く、図面を用いた建築の思考方法」がほとんど使われなくなるということだ。
「既存建物のデジタルデータが記録保存にとどまらず、修復や改修といった建物に手を加える行為にも有効であることを世界に示した」。加藤教授は今回の再建をこう評価する。
新築ではデジタル活用の事例が目立つようになってきた。大聖堂の再建を機に既存建物でも、敷地や建物の初期条件の把握から建築設計、工事計画の立案、関係者間の情報共有までを一貫してデジタル化する動きが加速すれば、印刷術の産物である図面の役割は相対的に小さくなっていくはずだ。
世界中で知られる建物だからこそ、その影響力は計り知れない。日本でも2016年の熊本地震で崩れた熊本城の石垣を再建するのに、デジタル技術が活用されている。大聖堂の再建はこうした先行事例に再びスポットライトを当てるきっかけにもなるだろう。
デジタル技術の普及によって、図面に重きを置く建築の思考方法は終焉(しゅうえん)を迎える。こうした指摘はイタリアの建築史家マリオ・カルポ氏の著書『アルファベットそしてアルゴリズム』(鹿島出版会)などでもされてきた。大聖堂の再建が裏付けとなり、カルポ氏らの理論が一層説得力を持って世界に伝わっていくことも考えられる。
以下では、記者が上述のような視点を持つきっかけになった加藤教授へのインタビューを掲載する。
今回の再建をどう評価していますか。
中世以来、欧州の大聖堂はしばしば火災に見舞われており、修復によって姿を変えてきました。ロマネスク様式(11世紀ごろに隆盛した建築様式)の建物をゴシック様式(12世紀半ば以降に発展した建築様式)で再建する、木造の小屋組みを別の材料で架け直すといった具合です。近代以降のフランスでは1836年にシャルトル、1914年にランスのノートルダム大聖堂で火災が発生し、焼け落ちた木造の小屋組みはそれぞれ鉄とコンクリートを用いてつくり変えられました。
今回のパリでも、当初は火災を機に大聖堂が姿を変えるかもしれないと考えていました。フランスでは、「火災で焼失した尖塔(せんとう)は19世紀半ばにつくられた比較的新しいものなので、現代的につくり変えても問題ない」という意見が見られました。一時、国際コンペで新しい屋根のデザインを募る案が浮上した背景には、こうした歴史認識が少なからずあったのでしょう。
最終的に火災前の姿に戻す方向で議論がまとまったことは、歴史的建造物の保存の観点から見ると順当だったと思います。先ほどのシャルトルやランスの再建で材料を大胆に変更できたのは、当時はまだ歴史的建造物の保存・修復に関する国際的なルールが定まっていなかったからです。今は国際憲章である「ベニス憲章」をはじめルールが精緻化しており、大幅な改変は建物の価値を損ねるという考え方が確立しています。
ただし価値観は時代とともに変化するものなので、既存の保存・修復ルールは正しいと決め付けるのではなく、引き続き広く議論していく必要もあります。
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May 10, 2024 at 03:00AM
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